電子アンソロジー【秘密、闇昏、夢の中。】
- 1月30日
- 読了時間: 5分
更新日:7 日前
2026年1月30日、クリエイターチームZENによるアンソロジー【秘密、闇昏、夢の中。】を公開しました。
(総文字数:約8万字)
こちらはクリエイターチームZENの有志7名が、「秘密」「夢の中」をテーマに短編を執筆し、制作した電子書籍型のアンソロジーです。
電子書籍と言っても、ブラウザ上でどなた様でも読める無料アンソロジーなので、お気軽にご来訪ください。
ファンタジー、ヒューマンドラマ、恋愛、ホラー、幻想ミステリ等、多彩な作品が7作集まっております。
■掲載作品
夜沈夢染(約6,500字/読了約16分)
著:エチカ
蕾(約7,700字/読了約19分)
著:海月いおり
眠る彼に口づけを(約7,400字/読了約19分)
著:結之志希
青い泉(約25,000字/読了約1時間1分)
著:飛燕
影のない男(約9,500字/読了約24分)
著:桜坂詠恋
夢の中の少女(約11,000字/読了約28分)
著:國村城太郎
真理の徴を持つ人形(約16,000字/読了約40分)
著:夜霧ランプ
◇試し読み(結之作品)
【眠る彼に口づけを】

見知らぬ人に、命を救われた。
信号機の影が長く伸びた、交差点での出来事だった。
迫りくる大きな車と、アスファルトを染めていく“赤”が、今も目に焼きついている。
「宇津木(うつぎ)さんのお見舞いですね」
何度も訪れた受付。何度も通った廊下。何度も上がった階段。何度も開けた扉。
やわらかな日差しに満たされた白い病室は、外の世界から切り離されて、時間が止まっているみたいだった。
ベッドに横たわる男の人の寝顔は、もう何度目にしたことか。
私は片手で扉を閉めて、ベッドのかたわらに置かれているイスへと近づく。
「こんにちは。今日も来ました」
スツールに腰を下ろして、言葉を交わしたことのない男の人に声をかけた。
ひたいに巻かれた白い包帯。その上にサラリと落ちる黒い髪。整った弓なりの眉。筋の通った鼻。引き結ばれた唇。
長いまつ毛が生えそろったまぶたは、開いているところを見たことがないけれど。
均整(きんせい)のとれたその顔がイケメンと呼ばれるものであることは、一目でわかる。
「どんな夢を見ていますか?」
事故が起こったあの日から、もうすぐ一ヶ月。
迫る車を見ても体が動かなかった私を突き飛ばした彼は、今日までこんこんと眠り続けている。
名前は、宇津木奏夢(うつぎかなむ)。私の二個上で、大学一年生らしい。
おなじ大学の人がお見舞いに来ているところに鉢合わせたことがあるけれど、どうやら相当にモテる人みたいだ。
きれいな女性たちに、“あなたのせいで奏夢が目覚めなくなった”と、泣きながら怒鳴られたこともある。
「宇津木さんが起きたら、伝えたい言葉があるんです。だから……」
早く目を覚ましてください。
そう口を動かす前に、うと、と意識がぼんやりして、まぶたが落ちる。
ああ、まただ。また、こんなところで……。
****
パチ、とまばたきをひとつ。
「ひーのーは」
右耳に低いささやき声が吹きこまれて、「うひゃ」と変な声が出た。
私は右側に顔を向けながら、一歩二歩と、足をうしろに引く。
「奏夢さん……」
そこに立っていたのは、サラリとした黒髪の、万人受けしそうなさわやかイケメン。
パッチリした二重の瞳を弓なりに細めて、彼は笑っていた。
足元は砂。ブランコやすべり台、鉄棒がならぶ、いつもの見慣れた公園だ。
「今回はいいリアクションだったなぁ。日乃葉(ひのは)が“うひゃ”だって」
「“今回は”って、いつもおどろいてるんですけど。そうやってイタズラするの、やめてくれません?」
「えー、だって日乃葉、リアクションうすいし。いろんな顔見てみたいじゃん」
だから、いつもびっくりしてるんですってば。
そう言い返しても、奏夢さんは「顔に出ないから」と笑ってブランコのほうへ歩いていく。
つり下がったブランコの座面には、茶トラのネコが丸くなって座っていた。
私はひとつ息を吐いてから、奏夢さんのあとを追って、ブランコに近づく。
青い空のまんなかに浮かぶ太陽が、砂の地面に濃い影を落としていた。奏夢さんはその影をゆらして、ネコを抱き上げる。
「奏夢さんって、いつもこの公園にいますよね」
「日乃葉だって、いつもここに来るでしょ。おかげで助かってるけど」
「“助かってる”?」
「うん」
ブランコに座った奏夢さんの腕の中で、茶トラのネコは「にゃあ」と鳴く。
ブランコをうばわれた不満をもらしながらも、逃げる気はないみたい。
奏夢さんも“助かってる”の意味を深く話すつもりはなさそうだから、私はとなりのブランコに座って、白い雲を見上げた。
「ここって、ひまじゃないですか? 静かだし、他に人も来ないし。まるで私たち以外、だれもいないみたい」
「まあね。日乃葉が来ないと話し相手もいないし」
チラリと横に視線を向けて、茶トラのネコを視界に収める。
あの子もいつもこの公園にいるけど、たしかに話し相手には向かないか。
「奏夢さん、静かなところが好きなんですか?」
「ううん、にぎやかなとこのほうが好きだよ」
「じゃあ、どうしてここにいるんです? いつも一人で」
この公園は、にぎやかなところが好きな人には合わない場所だと思うけど。
整った横顔を見ると、奏夢さんは腕の中にいるネコを見下ろして、茶色い毛並みをなでた。
「正確にはふたりだよ。トラが一緒だから」
茶トラだから“トラ”って、安直な名前。
「その子、奏夢さんが飼ってるんですか?」
「いや、野良の子。近所でよく見かけるなじみの顔だけどね」
ふうん、と奏夢さんに抱かれて、目を閉じているネコをながめる。
野良にしては、人に慣れているような気もするけど。かわいがられてるのかな、みんなに。
「でも、トラとふたりだけじゃ、いつもさみしいから。ずっと、日乃葉が来るのを待ってるんだ。また来てくれてうれしいよ」
不意に、奏夢さんが私を見てやわらかく微笑んだ。
なんだかどぎまぎと、落ち着かない気持ちになって、ブランコのくさりをにぎり直す。
私は話を変えるために、思いついた質問を適当に投げかけた。
「奏夢さん、いばら姫って知ってます?」
(続きはアンソロジー本編にて)


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