(※試し読み版につき、途中までの公開となります。全編はアンソロジー【九人虹色】に収録されていますので、気に入っていただけましたら、入手のご検討をよろしくお願いいたします。詳細は下にて)

コツコツ、コツコツ。
革靴とアスファルトがぶつかって奏でられる音が、二人分、重なって響く。
視線を上げると、黒いリュックを背負った大きな背中が、一歩半、先にあった。
ブレザーからはみ出したYシャツのえりは、ふぁさっと跳ねた黒髪で隠されている。
女の子の間でも人気の……ウルフカット、って言うんだっけ。
「……」
じっと見つめていたのがバレてしまったのか、暁(あかつき)先輩が振り返って、キリッとした目と視線が交わった。
それだけで私の心臓は跳ねて、目の前のかっこいい人と付き合えている事実に、ほっぺが緩んでしまう。
暁先輩はすぐに視線を前へ戻すんだけど、横顔が見えなくなる直前、柔らかい表情へと変わるのが大好きなところ。
別れるまでに、何回も振り返って、歩くスピードを合わせてくれるのも好き。
私にとって、暁先輩と一緒に下校できるこの時間は本当に幸せで……それなのに、今日は心に陰が差してしまう。
「はぁ……」
ひっそりとため息をついて、私は空を見上げた。
どんよりとした曇り空。
それでも胸いっぱいに深呼吸をすると、いつものように少し気持ちが晴れる。
今日は、昼休みに変わったことがあった。
お手洗いに行った帰り道、同じクラスの藤島くんと会って……生まれて初めて、告白をされたんだ。
びっくりしたけど、それはもちろん断って。
私は暁先輩と付き合っているから……って言ったら、藤島くんに戸惑った顔をされちゃった。
『え……暁先輩って、二年の、不良の人? 何回か、同じタイミングで帰ってるのは見かけたけど……本当に付き合ってるの?』
『ふ、不良じゃないよ! 暁先輩、優しいしっ……! 本当に付き合ってる!』
『でも、仲良さそうには見えなかったけど……園田さん、脅されてる、とかじゃないよね?』
『えっ……』
“仲良さそうに見えなかった”なんて、ショックだったな……。
それに、暁先輩が誰かを脅すような人に見られてるのも。
本当に、優しい人なのに。
「さゆり、何に悩んでるんだ?」
「ふぇっ」
昼休みのことを思い出していたから、突然聞こえた暁先輩の声にびっくりして、変な声が出ちゃった。
恥ずかしくて、口を押さえながら視線を下げると、暁先輩は振り返って足を止めていた。
「な、何って……なんで、分かったんですか?」
「空見るの、癖だろ。困ったときの」
わ、バレてるの、恥ずかしい……っ。
でも、癖に気づいてもらえるの、ちょっとうれしいかも。
「え、えっと……」
「……一人で抱え込むな。心配になる」
ドキッと、心臓が跳ねて、顔が熱くなった。
暁先輩は、やっぱり優しい。
二週間前の文化祭で、思い切って告白した自分を褒めたいな。
芯があってかっこいい暁先輩が、すんなりと私の告白をOKしてくれたのも、ふしぎだけど。
優しいから私の気持ちに応えてくれただけなのかな……?
暁先輩も私のことが好きだったとしたら、飛び跳ねたいくらいうれしいな。
「その……今日の昼休みに」
告白されたんですけど、と説明しようとしたとき、頭に、ぽつっと何かが降ったことに気づいた。
見上げた空が立派な曇り空だったことを思い出して、雨かな、と思っている間に、ぽつ、ぽつ、と同じ感触が体のあちこちに訪れる。
「……雨、降ってきたな」
「そうですね……」
朝、天気予報を見たときは、雨が降るのは夜だって書いてあったから、今日は傘、持ってきてないや……。
無意識に空を見上げて深呼吸すると、湿った空気が肺に入り込んできた。
棒立ちしている間に、雨粒は数を増して、うっかり上を向いていた私の目に雨が入る。
「わっ」
慌てて下を向くと、ぱさっと、頭の上に何かをかけられた。
「コンビニで、雨宿りするぞ」
「は、はいっ……あ」
顔を上げて返事をすると、暁先輩がYシャツ一枚になっていることに気づく。
もしかして、頭の上にかけられたの……暁先輩のブレザー?
「暁先輩が濡れちゃいますよっ」
「さゆりが濡れるよりいい。行くぞ」
クールに答えた暁先輩に手を取られて、コンビニがある少し先の道まで、早足で連れて行かれた。
ブレザーを押さえる手に当たる雨は冷たいのに、繋がれた手と顔は熱い。
こんなときにドキドキしちゃうの、よくないかな……でも、こんなのドキドキしちゃうよっ……。
長い道だと思って、私の手を包み込む、暁先輩のごつごつした手を見つめていたら、暁先輩が足を緩めて、すぐにコンビニの入店音が響いた。
あっという間についちゃった……もう少し、このままでもよかったのに。
「寒くないか」
「はい……」
(続きは【九人虹色】にて)
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