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ホットチョコレートの誘惑【R15】


 チョコレートを刻んで、牛乳を温めて。沸騰する前にチョコレートを入れたら、ぐるぐると混ぜて溶かす。

 甘い香りが漂う中、チョコレートが全て溶けたのを確認したら、ホットチョコレートの出来上がり。



「マグカップマグカップ~」



 出しておいたマグカップを手元に引き寄せて、小鍋の中身を注ぎ移した。

 私は猫舌だから、先に小鍋を洗ってホットチョコレートを適温に冷ましておく。



「よーし、洗い物終わり!」



 小鍋の水滴を拭き取って元の場所へと戻してから、マグカップを持ってリビングに移動する。

 これから迎えるのは至福の時間。


 一度マグカップをテーブルに置いて、しずしずとソファーに腰掛ける。

 ふぅ、と息を吐き出して、丁重にマグカップを持ち上げると、堪えきれない笑みを浮かべながら口を近付けた。



「ふー、ふー……」



 いざ……!



「何、ニヤニヤしてるんだ?」


「んっ、千晃(ちあき)……!?」



 無駄にかっこいい声がして目を向けると、廊下からルームシェア仲間の一人が来ていた。


 鎖骨が見えるラフな黒シャツにジーパン。シンプルな格好だから顔の良さが引き立っている。

 くねくねした髪と同じ、性根が捻くれたやつ。

 いいのは見た目だけだ。



「あんたには関係ないでしょ、今いいところなんだから邪魔しないでよ!」


「ふーん? 独り言が激しかったから見に来てみれば……ココアかなんか?」


「ホットチョコレート! って、こっち来ないでよ」



 聞きながらこっちに来た千晃は、わざわざ私の隣に座って、嫌味ったらしくソファーの背もたれに腕を引っかけた。領域侵害をしてくるのはいつものこと。



「まーた甘ったるいのか」


「そうです、分かったら好きなとこ行って、甘いもの苦手な人?」


「へぇへぇ」



 足まで組んで、どこかに行く気配は全くない。

 しょうがないから、私は千晃を無視してマグカップに口をつけた。


 とろり。濃厚な甘さが口いっぱいに広がって、「んん~」と思わず歓喜の声が漏れる。

 ここが天国だ。



「美味そうに飲むな」



 ふ、と笑いながら私を眺める視線に横目で気付いて、ドキッとする。


 不味い不味い。こいつはただの遊び人、遊び人。

 ときめいたって純情を弄ばれるだけなんだから。



「美味しいもの」



 少し速くなった鼓動を隠してつんと言えば、手の中のマグカップを奪い取られた。



「あ、ちょっと!」



 追って千晃を見た時には、流れるようにホットチョコレートを飲んでいて。



「んぐ……」



 人の好物を取った挙句、顔を顰めるってどういうこと!?



「甘いの嫌いなくせに何飲もうとしてんの! もう、返してよ」



 手を伸ばせば、千晃は大人しくマグカップを返す。

 勝手に自滅した人は放っておいて、またホットチョコレートを飲もうとしたら、間接キスという言葉が頭に過ってしまった。


 うぐ、と手が止まる。その隙を見計らったように、顎に指が引っ掛けられて、顔の向きを変えられた。



「……!?」



 触れたのは、唇。口の中に流れ込んでくるのは、甘い甘いホットチョコレート。



「はぁ……こんな甘ったるいもの、よく飲めるな」



 ごくり、と思わず飲み込んでから、ごまかしがきかないくらい顔が熱くなっているのを自覚する。



「な、な……っ!」



 指の先まで熱くなってる。


 私を見た千晃は、余裕綽々と笑って唇を動かした。



「美味いか?」



 悪魔の問いなのに、私はこくりと頷いてしまった。


fin.


お題「甘い甘いチョコレート」より


(永遠ちゃんがお声を提供してくれたので、動画にしました!)

星空永遠ちゃん

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