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換気扇の向こうには(試し読み)

  • 執筆者の写真: 結之志希
    結之志希
  • 18 時間前
  • 読了時間: 5分

(※試し読み版につき、途中までの公開となります。全編はアンソロジー【心のひだまり】に収録されていますので、気に入っていただけましたら、入手のご検討をよろしくお願いいたします。詳細は下にて)



 カタカタカタ、とキーボードの上に走らせていた指を止める。

 知らず、ノートパソコンに近づいていた体を離して、ふう、と息を吐き出した。

 テーブルに置いていたマグカップを持ち上げ、ほんのりと苦いコーヒーを一口飲む。


 引っ越しを終えた翌日から仕事に打ち込むなんて、我ながら真面目すぎるのでは、と今になって思った。

 とても、職場を辞めたばかりの人間とは思えない。

 まあ、ライターの仕事が嫌いだったわけじゃないからなぁ、と一人で苦笑いする。


 パソコン画面の右下を見て時刻を確認すると、もう昼食をとってもいい頃合いだった。



「ご飯、作るか」



 ぽつりと呟いた言葉は、静かな和室によく響く。

 ノートパソコンを閉じて、私はすっかりへたっている座布団から立ち上がった。



 二十八歳の女が一人で田舎に越してきたことは、時に早い判断だと思われるのかもしれない。

 実際に私自身も、母から〝実家の処分に困っている〟と聞くまで、田舎の古民家に住もうだなんて考えていなかった。

 祖母が亡くなり、後を追うように祖父が亡くなって数年。


 家主が不在となった家は、庭草も伸びてすっかり荒れている。

 決して住みやすいとは言い難いこの場所に私が移住を決めたのは、遠い地で、人間関係に疲れ切った心を癒したかったからだ。



 台所の換気扇を回して、冷蔵庫を覗き込む。朝は家から持ってきた残り物で軽く済ませたけど、お昼はすこし手間をかけて、夕飯もまかなえる量を作っておきたい。



「そういえば……」



 家から持ってきたものに、カレールーもあったはず。

 そう思い出して、カレーを作ろう、と決めた。


 冷蔵庫から玉ねぎとじゃがいも、豚バラ肉を取り出して、調理台に持っていく。

 王道のカレーを作るなら人参も欲しいところだけど、今は生憎(あいにく)と切らしている。

 今回は有り合わせでいこう。


 壁に立てかけてあるまな板を調理台の上に置き、洗った野菜を切っていく。

 すると、コンロのほうから幼い声が聞こえてくることに気付いた。



「みんな、将来何になりたい?」


「わたしはモデルね。可愛い服をいっぱい着て、〝流行のさいせんたん〟になるのよ!」


「おれはプロ野球選手! チームを引っ張るエースになるんだ!」



 小学校低学年くらいだろうか。

 元気な男の子の声と、女の子の声が、コンロの上……換気扇から聞こえてくる。

 私は驚いて野菜を切る手を止め、換気扇を見つめた。


 この向こうにいる子供達は二人だけではないらしく、他の子の声も聞こえてくる。



「ぼくは宇宙飛行士になって、宇宙人に会いに行くんだよ」


「宇宙人なんて、本当にいるの?」


「もちろん。UFOに乗って、宇宙を飛び回っているんだ」


「ぼくはねえ、ケーキ屋さんになりたいな。そうしたら、毎日ケーキが食べ放題だもん」



 どうして換気扇から子供達の声が聞こえてくるのか。

 そんな疑問のかたわらで、思わず、ふっと口元を緩めてしまう。

 子供らしい無邪気な夢が、なんだか懐かしく思えた。


 けれど、四人ほどいる子供達の中で紅一点の女の子は、なかなか辛辣(しんらつ)な性格をしているらしい。



「ケーキばっかり食べてたら、コロコロになるまで太っちゃうわよ」


「うう……じゃあ、パン屋さんで我慢する」


「そうか! パンなら毎日食べたっていいからな!」


「うん。あんパンに、クリームパンに、ジャムパン……パン屋さんも、美味しいものがいっぱいだもん!」


「……それってあんまり、ケーキ屋さんと変わっていないような」



 盗み聞きしていることに罪悪感を抱きつつ、私は声を押し殺して笑ってしまった。

 それなのに、彼らの興味は他のことへと移ったようで、「そういえばモデルってさ、〝ひーる〟を履いて歩くんだろ?」とあっさり別の話を始める。

 この会話の面白さに、当人達は気付いていないらしい。


 無邪気な会話に心が洗われるような気持ちになりながら、この家が数年間無人だったことで、近所の子供達の溜まり場になったのかな? と推察した。

 確か台所の向こう側は、伸び切った庭草が壁となって、表からは見えにくくなっていたはずだ。

 子供達の小さな体なら、しゃがみ込むだけで秘密基地になるのかもしれない。


 楽しく話している子供達の邪魔をするのはなんだか可哀想に思えるし、この家にいるのは、幸い私だけ。

 このまま放っておこうと決めて、私はカレー作りを再開した。


 野菜を切り、豚肉を切ったら、鍋に油を垂らして火をつける。

 豚肉を入れて軽く炒めていると、すこしの間途切れていた子供達の声が、再び聞こえ始めた。



「ねえ、なんだかいい匂いがしない?」




(続きは【心のひだまり】にて)



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