私には、人には言えない秘密がある。
それは、彼と付き合って1年の記念日を迎えた翌日に、別の人とキスをしてしまったこと。
私の気持ちは、彼にある。浮気をするつもりなんてさらさらなかった。
それなのに、別の人のキスを受け入れてしまったのは……酔っていて、判断力が鈍っていたから。
……でも、それは言い訳にならない。
「恭香(きょうか)、どうしたんだ? 顔色が悪いじゃないか」
心配そうな表情で私の顔を覗き込む彼に、後ろめたさがドクドクと音を立てる。
彼以外とキスをしたくなかった。そんな純情もある。
だけど、一番白状しがたい理由は……彼が普通の人よりも、少し、嫉妬深いから。
「なんでも、ないの。……ごめんなさい」
やっぱり言えない、と視線を落として手を握る。そんな私の頬に、彼の両手が触れた。
「恭香。言ってくれないと分からない。素直に言うまで、部屋から出さないぞ?」
じっと目を見つめる彼の瞳に全て見透かされてしまいそうで、咄嗟に視線を反らした。
それがよくなかった。
「隠し事をするのか。なんでも言うって約束したのに」
彼の瞳に翳が差す。危険信号だ。こうなると、黙り込んだ分、彼から表情が失われていく。
「ごめんなさい……私……」
ギュッと目を瞑って、「他の人と、キス、してしまったの」と掠れた声で告白した。
一呼吸分の静寂が訪れた後、噛みつくようにキスをされる。何度も、何度も、執拗に。
「相手は誰だ?」
「えっと……」
こうなった時の彼は、なかなかに過激だ。ついつい、相手側の心配をしてしまう。それもまたよくないと分かっているはずなのに……。
「庇うのか。気があるのか。恭香は俺の女なのに。どうして庇う俺よりもいいのか俺が一番恭香を愛してるのに」
「あっ、ち、違うの、私も秀樹(ひでき)を愛してる! 落ち着いて、お願い」
完全なレッドゾーンに入った彼の頬に手を添える。彼は私の手を掴みながら、右腕を腰に回して、ぐぐぐと力を入れた。
「俺の恭香を汚した許さない許さない許さない恭香の心を奪った俺のものだったのに」
「ひ、秀樹、違うの、ちゃんと教える、教えるわ。気があるわけじゃない、私は秀樹を想っているから」
宥める為に左手を彼の胸に当てると、両腕できつく抱きしめられた。まるで、腕の中に閉じ込めようとしているみたいに。
私の言葉が聞こえてないの?
彼の体温は伝わってくるのに、指先が冷える。
ドク、ドク、ドクと短い間隔で拍動する心臓が感じているのは、焦燥? 恐怖? それとも、背徳の混じった……。
「――逃がさない。恭香の心が俺に戻るまで、どこにも行かせない。何をしてでも俺の女に戻してやる」
fin.
お題「逃しはしない」より
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