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最後の物語



「うーん、なんか違うなぁ……」



 キーボードを打っていた手を止めて、イスの背もたれに背中を預ける。

 溜息を吐き出すと、どっと疲れが襲ってきた。



「一旦休憩にしよ」



 私は呟いて、イスから立ち上がる。

 リビングで紅茶を淹れよう。



「うん、いい香り。この赤さがいいよね」



 ティーバックを使って紅茶を淹れた私は、ソファーに座って一息ついた。


 私は趣味で小説を書いている。

 書いた小説は小説投稿サイトに載せていて、読んでくれる人もそこそこいるんだ。


 今は新作を書いている途中。

 もう終盤まで書けているんだけど、物語の最後がどうにも決まらなくて筆が止まっている。

 いや、どう終わるかは決めていたんだけど、本当にこの終わり方でいいのかと悩んでしまって。


 というのも、今書いている作品を最後に、筆を置くことを決めているから。

 最近、仕事が忙しくなって、小説を書く暇がなくなっているんだ。

 これからもっと仕事が忙しくなるから、新作を最後に執筆をやめないといけない。


 いつか生活が落ち着いたら、また筆を執るかもしれないけど……。

 現状、私の最後の作品となる今回の物語には、私の全てを詰め込みたい。

 そんな思いがあるから、今までで一番と言っていいほど悩んでいる。



「あ、そうだ。この前買ったチョコがあった」



 糖分を補給したらいい考えが浮かぶかもしれない。

 早速取ってこよう。



「えーっと、どれにしようかな……」



 キッチンに移動した私は、ビター、ミルク、プレーン、ホワイト、ストロベリー、とあるチョコレート達を眺めて、少し悩む。

 それから、「うん」と決めて、プレーンのチョコに手を伸ばした。



「やっぱり普通が一番」



 チョコを口に含んだ私は、じっくりと独特の味を堪能しながらパソコンの前に戻った。


 パソコンのスリープを解除して、途中まで文字が書かれた画面と向かい合う。

 私が今書いているのは青春、そして、切ない物語。

 だから、終わり方は……。


 私は頭に浮かんだ文章をキーボードに打ち込んで、これまでに広げた話を収束させた。

 最後の一文はこれだ。



[この別れを忘れることはない]



 ……うん、これでいい。


 私は最終話を公開して、完結設定を押した。

 この物語は、これからどれくらいの人の元へ届くだろう。

 どれくらいの人に読まれるだろう。


 これからの私にはそれを見守ることさえもできないけれど、誰かの心に残ってくれることを願っている。



「今までお疲れ様、私。これでこのペンネームともお別れだな……楽しかった」



 やっぱり寂しいし、名残惜しい。

 そんな気持ちを微笑みと溜息に乗せて、目をつむった。

 両手を組んでぐっと伸びをすると、気持ちが少し晴れる。



「よし、切り替えていこう」



 私はパソコンを閉じて、つかの間の休息時間を享受することにした。



****



「すっかり落ち着いてきたな~。今までの忙しさが嘘みたい」



 数年の時が経って、日常に余裕というものを取り戻した私は、ソファーに寝転がりながらスマホを眺めていた。

 だらだらする時間があるというのは本当に素晴らしい。

 こういう時は趣味にふけりたいものだけど……。

 何をしようか。


 ……あぁ、そうだ。

 今なら執筆をする余裕がある。

 久しぶりに小説投稿サイトを開いてみよう。

 思い立った私は、パソコンを開きに部屋へと戻った。



fin.



※ゲーム版もあります。よろしければ遊んでみてください!

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