「引っ越しの準備はもう終わったの?」
しんと静まり返った公園に、キィ……キィ……とブランコが軋む音を響かせる。
黒く染まった空に星はひとつも見えず、三日月でも半月でもない程度に欠けた月が遠くで鈍く輝いていた。
「うん、まぁ」
ブランコの鎖を肘の内側に引っかけて、廉(れん)は視線を落としながら指を絡める。
言葉数が少なくなるのは、私達の別れが近いから。幼馴染みが大学生になって引っ越すなんて、現実感がない。
でも、こんな時こそ“いつも通り”だ。
「ねぇ、彼岸花の花言葉って知ってる?」
「知らないけど」
「悲しき思い出、あきらめ……マイナスな意味もあるけど、情熱って意味もあるんだよ。それから、独立も」
「ふぅん」
低い相槌は、興味がないと言いたげだ。まぁ、それはいつものこと。
花言葉を調べるのが好きな私と、花に興味がない廉じゃ、話が噛み合うわけない。
「オレンジの彼岸花は、妖艶」
「桂奈(けいな)にはない要素だな」
「うるさい。黄色は似合うから。深い思いやりの心、陽気、元気」
「まぁ、馬鹿みたいに元気か」
「一言多い」
遠慮のない物言いの応酬は、もうすぐ隣でできなくなる。
遠くに行ったって、メッセージを送れるし、電話もできるんだけど。
追想、悲しい思い出。そんな意味もあるんだよってことは、今は言わなくていいかな。
「白い彼岸花は、また会う日を楽しみに。赤い彼岸花は、情熱、独立、再会、想うはあなたひとり」
「毎度のことながら、よく覚えるな。ひとつ覚えてればいい方だぞ」
「ひとつひとつに意味があるんだもの」
そんな会話を、タイムリミットがくるまで延々と続けた。
家に帰ったのが3時過ぎなんて、どれだけ別れを惜しんでいたのか。明後日出発の予定が、もう明日になっている。
未練がましくスマホを見つめてから、私はじわじわと湧き上がる寂しさを押さえ込むように、眠りについた。
そして、廉が旅立つ日。特にメッセージも交わさず、顔を合わせる予定もないまま家を出ると、玄関の前に一輪の花が置いてあった。
白い彼岸花。色紙に包まれている。
「これ……」
誰が、と考えてから廉の顔が思い浮かんだ。
この間、彼岸花の話をしたばかりだ。
私はスマホを取り出して、廉にメッセージを送る。
[家の前に彼岸花置いて行ったの廉?]
少しすると既読がつく。でも返事はいつまで経ってもこない。
それが、贈り主の正体を如実に表していた。
私は1人、にんまりと笑って、またメッセージを送る。
[知ってる? 白い彼岸花の花言葉は、また会う日を楽しみに、と、想うはあなたひとり、なんだよ]
[はぁ? そんなこと言ってなかっただろ]
興味なさそうにしてる割に、意外と話を聞いてる廉。
花言葉を意識して花を贈るなんて、らしくない。
でもね。大事な時は、花で伝えるのが廉だって、大人になってから分かったよ。
「また、白い彼岸花?」
再会した時に廉が持っていたのは、別れた時と同じ花。
ドキドキする胸を隠して笑えば、廉は照れ隠しするように、顔を背けて白い彼岸花のブーケを私に押しつけた。
fin.
Twitter企画 「# 言葉の花達 」より
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