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一般文芸っぽい文章の練習

  • 執筆者の写真: 結之志希
    結之志希
  • 9月19日
  • 読了時間: 4分

更新日:9月22日


 タイトルの通り、普段のケータイ小説的、あるいはライトノベル的文章ではなく、一般文芸寄りの文章を練習した結果の書き散らし集です。

 ストーリー性はほぼなく、苦手な文体を練習して1シーン書いてみただけなので、暇潰しに文字を読みたい方にオススメ。

(※つまり読み物には向きません)


 その点を踏まえてどうぞ。



・駅のホームにて


 茜色の空に、薄雲が尾を伸ばしている。

 上りのホームと、下りのホーム。向かい合う二つのホームの屋根で切り取られた空は、地上の灰色とは別世界のように、自然の美しさを静かに魅せていた。



「まもなく電車が到着します」



 ホームに響く無機質なアナウンス。どこからか漂ってきたコーヒーの匂い。なんの感慨もなく茜色の空に灰色を侵食させる日常が、わずかに私の胸をざらつかせた。


 夏の気配も薄れた、ひんやりとした風がホームを吹き抜ける。それでも、ホームにごった返す人々がまとった汗の匂いや、蒸し暑さ、ざわざわとした雑音が、この場所からかき消えることはなかった。


 せいぜい鞄からスマホを取り出して、胸の前でいじるくらいの隙間しかない行列の中間で、私は鞄から取り出したペットボトルのお茶を口に含む。一日の疲れを溜め込んだ体は、少しの苦味と豊かな香りを飲み込んだその口で、茜色の空に向かって細い溜息を吐き出した。



「……あ」



 肺から濁った空気を出し切ると、隣に立つ人が小さな声を漏らす。

 とっさに視線を向ければ、鈍色の屋根の向こうを見つめる黒縁の眼鏡が、柔らかい茜色に染まっていた。サッパリとした黒髪がホームに吹き込んだ風に揺られ、元の位置に戻る。


 手元のスマホばかり見ている人々の中で、今この瞬間、頭上に広がる自然の美しさに気付いているのは、私と、私よりも頭一つ分大きな彼だけ。

 私は、彼の横顔に降り注ぐ茜色に目を奪われた。




・喫茶店にて


 ヒールを履いた足を止めて、木製の椅子に腰かける。スカート越しに、ひんやりとした座面の温度が伝わってきた。

 あちこちから漂うコーヒーの深い香りが、テーブルに用意されたメニュー表へ伸ばした手を軽くする。


 窓際の席とは言え、ガラス窓から差し込む明かりは、メニュー表を白く照りつけるほど強くはない。暖色を帯びた店内の照明に染まるリストに視線を添わせ、柔らかく寄り添うピアノの音色に耳を傾けた。コーヒーは一杯四百六十円。彼が来るのはいつになるだろうか。


 カウンターのほうに顔を向けて、そっと手を挙げながら「すみません」と声をかける。すぐにオーダー表を持って、愛想のいい笑顔で近づいてきた店員さんに、ホットコーヒーを一杯注文した。



「少々お待ちください」



 ゆったりとした声で告げ、去っていく背中から、横のガラス窓へと視線を移す。窓に線を引く雨滴の向こうには、湿り気を帯びた建物がぽつんと佇んでいた。


 今日は朝から糸のような雨がしとしとと降り続けている。色とりどりの傘を差し、通りを歩いていく人々の横顔を目で追って、そわそわとする指先を握り込んだ。




・図書館にて


 取っ手を握り、体を押し付けるように重い扉を開くと、ふっと音が消えたような錯覚に陥った。少し冷たい空気が頬を撫で、誘われるように図書館の中へ歩を進める。足音も、どこかで本のページをめくる音も鮮明に響く、静寂の世界。ここは、私の人生に寄り添ってきた物で溢れている。


 すぅっと息を吸い込めば、本が所狭しと並ぶ場所特有の――……そう、紙の匂いが鼻腔に届いた。どこを見ても立ち並ぶ本棚を眺めながら、今日はどんな本を借りようか考える。わずかに見える人影は、同士の姿だと思うと、自然に頬が緩んだ。


 いつも足を止める文庫コーナーに向かって歩き出したところで、不意に何か違和感を覚える。いつも通りの図書館。しかし、視界の端――受付カウンターに、気付けば視線が吸われていた。


 決まった曜日、時間によって姿が変わる、受付カウンターの中の人。今日、そこに座っていた司書の男性は、初めて見る顔だった。じっと見つめてしまったことに気付かれたのか、ふわふわとした黒い頭が動いて、二重の瞳に捉えられる。まっすぐに向けられた視線が私の胸をノックしたかのように、心臓がとくりと跳ねた。


 彼は唇の端を持ち上げて、「こんにちは」と小さな声を発する。男性特有の低い声が、私の胸の内側をするりと撫でた。




・夕方の海辺にて


 さく、さく、と前に踏み出した足が柔らかい砂に沈む。サンダルに侵入した、ざらざらとした感覚を追い出すように、足の指を少し動かした。


 砂浜に残っている誰かの落書きが、打ち寄せる波にゆっくりかき消されていく。隣を歩く彼と私の関係も、気まぐれな波に飲みこまれたら……。


 磯の香りを伴って吹いた風に、ロングの髪が舞い上げられた。揺れる毛先を追って視線を左に移せば、隣にいる彼の頬を勝手に撫でているのが見える。とっさに髪を押さえて、わずかに肩をすくめながら、伏し目気味に彼をうかがった。


 風の悪戯を受けた彼は、くすぐったそうに頬をかいたあと、温和な垂れ目を私に向ける。はにかむように微笑んだ彼が、太陽の色に染まり始めた空を背負っていて。ざざん、と後ろから響く波の音を聞きながら、私は熱を持った頬を手のひらで隠し、視線を逸らした。

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